オシャレでかっこいい新選組の羽織には意味があった!?

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新選組と言えばだんだら模様の羽織ですが、これって何か特別な意味でもあったのだろうか。



幕末を知るうえで欠かすことのできないのが新選組です。

今なお根強い人気を誇る新選組ですが、その魅力は剣に生きる男たちのドラマであったり、見た目が他の武士たちよりも派手でかっこいい為好きになった人も知るのではないでしょうか。

僕もその一人で、今でも新選組関連のドラマなどはチェックしてしまう程好きです。

そんな魅力いっぱいの新選組ですが今回は有名なだんだら模様の羽織についてスポットを当ててまとめてみました。

新選組の羽織の意味とは?



新選組がだんだら模様の羽織を着るようになるのは芹沢鴨の提案によってです。(一説によれば土方歳三の提案ということも)

芹沢鴨は新選組の前身となる壬生浪士組の筆頭格ですが、実は芹沢は忠臣蔵の大ファンであったため、この模様の羽織を作らせたと言われています。

忠臣蔵の錦絵にはだんだら模様の羽織の赤穂浪可の画がかかれていてそれを見た芹沢鴨が気に入って作らせたのでしょう。

しかし、ただファンだからと言ってこの羽織を作らせたわけではなく、赤穂浪士たちの忠義の心に習うという意味も込めて作られました。

新選組も隊士同士の絆や忠義を重んじる集団ですから、赤穂浪士の忠義の心にも通ずるものがあったのでしょう。

1年足らずで着なくなってしまう



せっかく忠義の士である赤穂浪士を習って作っただんだら模様の羽織も「池田谷事件」を最後に着られなくなったそうです。

その期間はわずか1年足らずだったとのことです。

それ以降の新選組の隊服は全身黒ずくめの服に変わっていったと言われています。

だんだら模様の羽織は評判も良くなかった



新選組の役目は主に京における不平分子の取り締まりです。

このだんだら模様の羽織は京の人々にもすこぶる評判がよくなっかたと言われています。

見た目が派手ですから見ただけで新選組とすぐわかることもあり、京の治安維持のためとはいえ、暗殺などもやっていた為、だんだら模様の羽織の評判が良くなかったのは新選組の評判が良くなかった為とも考えられます。

すぐに新選組だとばれる



新選組は怪しい浪人がいれば取り締まることも仕事です。

しかし、中には隠密行動をしないと、怪しい浪人を取り締まることもできない場面もあるため、そんな時に派手なだんだら模様の羽織は適していません。

そのため、何かの儀式のとき以外は徐々に着なくなり、廃れていったと考えられます。

だんだら模様の羽織は一着も発見されていない



このだんだら模様の羽織は着てた期間が短すぎたためかこれまでに実物は発見されてないそうです。

新選組と言えば「池田谷事件」が有名ですがその時に着ていた羽織なので、有名になり過ぎた感はありますが、少し寂しい感じもします。

しかしながら、わずかな期間であったとは言え、だんだら模様の羽織を着ていたのは事実なので、新選組はオシャレにも気をつかってた集団だったと言えるでしょう。

だんだら模様の羽織を着てる新選組ってやっぱかっこいいですもんね!

新選組の羽織の意味についてのまとめ



新選組と言えば、だんだら模様の羽織というイメージですが実際に着てた期間はとても短いです。

実際のところは黒い隊服を着ている期間の方が長かったです。

ただ、怪しい浪人を取り締まるのは黒い隊服の方がやりやすかったのかもしれませんね。






この記事はこれで終わりです。

最後まで読んでいただきありがとうございました(*^^)v

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